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自分の中にいる2人の自分「感情ちゃん」と「思考さん」感情を丁寧に扱うことの意味。

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株)美テラシー代表  活動名:Hazime 〇都内でサロン経営12年 〇SEO集客コンサルタント 〇日本で唯一のミソフォニア専門家 美容情報の発信のほか、ビジネスコンサルタント業、セミナー講師業などをしております。
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こんばんは、美テラシーの角谷です。

この「ライフスタイル」カテゴリーでは、本当にとりとめもないことばかり書き綴っているという自覚があります。

誰かのお役に立つ内容だという自信は全くありませんが、読んでくださっている方もおられるようです。

なので今回は、少し内面的なテーマである「感情と思考」についてお話ししてみたいと思います。

自由奔放な「感情」の自分と、理性的な「思考」する自分の存在

私に限らず、自分の脳の中には2人の自分がいます。

どういうことかというと、一般的に脳は右脳と左脳に分けられ、右脳がイメージする力を司り、左脳が論理的に考える力を出す場所です。

そして右脳は反射的に出る「感情」を司る場所でもあり、常識や一般論に縛られず、自分の本音に対して正直な反応をします。

それに対して左脳は、理性的に物事を考える場所なので、つい「こうあるべき」といった固定観念を持ちやすいです。

要するに、「感情」を出す自分と「思考」する自分は脳の部位的にもバラバラで、役割も全く異なります。

「思考」する自分の役割とは?

特に私たち日本人は、幼いころから感情を「抑え込む」方法は厳しくたたき込まれますが、感情を「適切に吐き出す」は殆ど教えられていません。

本来は感情をうまく活かしてあげるのが思考で、ワガママ放題な感情を大事にしてあげるのが思考の役割。

なぜそうする必要があるのかというと、人はだれしも幸せになるために生きていて、感情の叫びを無視して幸せになるのは不可能だからです。

「選択」をしていくのが思考

人生の究極命題「幸せになる」ためには、「どうしたら幸せでいられるか?」という問いかけに、常時向き合い続ける必要があります。

「感情の自分」と「思考の自分」は全く別々のことを考え、感情の自分は「無性に~したい!」と、決まり事などお構いなしで叫ぶものです。

感情は、常にブレることなく「自分にとっての幸せ」を貪欲に欲し続けます。

どんな年齢になろうと感情は自分に正直で、例えるのでしたら感情だけが5歳児のままで居るようなものです。

人は5歳児の「感情」が訴えかける言葉を聞いて、感情が暴走しないように思考で制御を行っています。

なので思考には、感情の声を無視せずに聞いて、無数にある人生の選択肢を選び取っていく役割があるのです。

自分の感情と向き合わずに、無視し続けるとどうなる?

自分の中の「感情ちゃん」は常に5歳児のままなので、ほったらかしにし続けると、当然のことながらグレてしまいます。

感情がグレてしまうと、感情の爆発を起こしてしまったり、本心の欲求が見えなくなって、やりたいことを見失ってしまうのです。

例えば、構ってほしい子供に「黙りなさい」と抑え込み続けていたら、いずれ言うことを全く聞いてくれなくなってしまいますよね。

感情=右脳の潜在能力は非常に高く、一説では左脳の3,000倍の情報処理能力を持つと言われています。

少なくとも、右脳はビジュアルの膨大な情報を一瞬で処理するのですから、左脳が演算する能力の比ではありません。

イメージする力を最大限まで使いこなせることが、思い通りの人生を叶えるために大切なこと。

なので「幸せになる」という人生の目的を叶えるためには、感情が望む願望を、思考が意識的に叶えてあげる必要があるのです。

感情と思考、どちらを優先して大切にすべき?

どちらも同じぐらい大事ですが、教育体制の影響もあり、私たちは「思考の価値」に重きを置く傾向があります。

私たちは社会通念に縛られがちですが、本来自分は何を感じても構いません。

したがって、感情が「疲れた」「休みたい」と言っているのでしたら、思考は全力で「休ませるための方法」を考える必要があるのです。

たとえ休めないような状況であったとしても、感情は「自然と出てしまう」のですから、感情へ無条件に蓋をしてしまうとグレてしまいます。

湧いてきた感情に対して、自問自答をしてみる

「休みたい」という感情が出てしまったのであれば、思考はまず、感情に対して丁寧な問いかけを行う必要があります。


思考「なぜ休みたい?」

感情「疲れたから」

思考「どうして疲れた?」

感情「慣れないことばかりが続いていて、疲れた」

思考「じゃあ慣れれば、今より疲れなくなると思う?」

感情「そうだと思う」

思考「それでも今は、休みたい?」

感情「休みたい」

思考「どのぐらい、休みたい?」

感情「1時間だけでも」

思考「1時間、どうしたい?」

感情「難しいことを考えたくない」

思考「難しいことを考えないことが、休むこと?」

感情「今の自分にとっては、そう」

思考「じゃあ1時間だけ、難しいことを考えなくてもいいことをしよう」

感情「何をすればいいかわからない」

思考「…意識を飛ばすために仮眠するか、単純に部屋の掃除でもするのはどう?」

感情「今は眠くないから、それなら掃除したい」

思考「じゃあ、慣れないことで疲れた自分を休ませるために、1時間掃除をしよう」

感情「OK」


要するに、感情が納得できる「答え」を示してあげることで、暴れようとしていた感情が「腹落ち」して、思考の選ぶことと感情の願望が一致します。

大変なことではありますが、感情を自由奔放にさせつつ、自分の感情を納得させる方法を思考が探してあげるのです。

注意点として、決して感情を「説得」しようとしてはいけません。

感情とは「やるべき」「こうあるべき」という設定(=思い込み)でゆがんでしまい、本心からの感情を見せなくなってしまうからです。

例えばキラキラしている他人を見て「モヤっとする」時に感じる感情は、具体的に言語化するのであれば、多くは「羨望」でしょう。

そして羨望の裏には「自分もキラキラしたい」という裏の感情が潜んでいます。

裏の素直な感情を拒絶するフタは、自分自身が知らず知らずのうちに設定している、固定観念や思い込みです。

「抱いてはダメな感情」というものは、ない

そもそも感情とは、思考するよりも先の段階で、反射的に湧き出てくるものです。

反射的に出てくる感情に「そんなことを思ってはダメ」とフタをしてしまう必要はなく、「そう思うんだね」と受け入れることで初めて価値観が成長します。

強力な「感情の力」で幸せになるためには、どんなふうに感じる自分も、自分なのだと受容してから、「じゃあなぜ?」と自問自答していく必要があるのです。

感情に対して「なぜ?」を問いかけても、逃げてしまうこともある

私のネガティブな感情は実に気まぐれなので、「なぜ?」の問いかけを続けていると、そのうちどこかへいなくなってしまいます(笑)。

「わかんない」を繰り返して、逃げてしまうんですね。

そのかわりネガティブな感情ごと逃げるので、負の感情がグルグルと回ってしまう悪循環も一緒に消えてくれる感じです。

自分の感情がいつでも思考と向き合ってくれるわけではありませんし、思考が一度に向き合える限界値もあると思います。

正直、湧き出てくる自分の感情と向き合うのは、とてもめんどくさいです。

5歳児の「なぜ?どうして?」を延々と受け止め続けるわけですから、めんどくさいに決まってます。

それでも、自分を幸せにできるのは、他の誰でもない自分の感情だけなので、もっと丁寧に扱っていく必要があるのです。

まとめ

「自分の感情と向き合う」ということ自体、ほとんど意識したことがないという人も多かったのではないでしょうか?

私が思うに、インターネットを閲覧している人間はすごく漠然とディスプレイを見ている反面、反射的な感情には敏感です。

興味がないものは誰も見ようとしませんし、匿名性の盾をかざして、「表の感情」を吐き出している行為がいわゆる「叩き」でしょう。

そもそも、他人を変えるのは非常に難しいことですし、他人の集合体である社会を変えるのは、もっと難しいことです。

今回お伝えした「自分の感情を丁寧に見る」というワークは自分一人でもできますし、誰かに「問いかけてもらう」ことでも深く・早く掘ることができます。

自分の奥深くに眠っているミッションを、どれだけ明確化できたかで人生の幸福度は全く変わると思うので、あなたも自分の感情とぜひ向き合ってみてくださいね。

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