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ミソフォニアの人にとって、『比較と競争』の世界で自己評価を決めるのは、さながら自己虐待

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株)美テラシー代表  活動名:Hazime 〇都内でサロン経営12年 〇SEO集客コンサルタント 〇日本で唯一のミソフォニア専門家 美容情報の発信のほか、ビジネスコンサルタント業、セミナー講師業などをしております。
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今回は、ミソフォニアの人が比較と競争の土俵に上がってしまうと、とても苦しい思いをすることになるので、その理由をお伝えしてみようと思います。

わかりやすく言うと、ミソフォニアの人は学校や会社といった環境が、そもそも不向きな人が多いと思うんです。

例えば、同じ年代の人ばかりが集まった学校という環境では、同じ環境にいる人たちとうまくやっていくために、同調力が求められます。

ところが、自分の音の感じ方が「周りとは違う」と気づいていながら、違う感覚の人たちと同調しようとするので、あなたには馴染もうとしても疎外されるような感覚が付きまといます。

そのうえ、比べる必要もないことまで比較して、ムダな劣等感を強めたり、上下の序列を強いられることで、人として「対等」という健全な関係性の価値を、軽く扱ってしまうクセが付いてしまったり。

比較と競争の世界に長く居続けると、自尊心の拠り所がナチュラルじゃなくなってしまうんです。

つまり、

自分が劣等感にさいなまれないためにはどう振る舞えばいいのか?
という「ネガティブ消し」を評価基準にして動く自分になるんですね。

がんばって「優越ポジション」を取れたとしても、大切にしたほうがいいはずの、自分の本音は見えにくくなって、そのうち自尊心のフリをした虚栄心が前に立つようになってきます。

そもそも、比較と競争の世界というのは、どこまで上へ行けたとしても、苦しさがなくなりません。

テニスの世界トッププレイヤーの大阪なおみ選手が、

「今の私は試合に勝っても嬉しくない。ホッとするだけだ」
と言っていたのをご存知でしょうか?

テニスのことが好きかどうかも分からなくなるまで、比較と競争を続けて、いざトップに行ってみたら追い上げの不安が絶え間なくのしかかってきて、それは幸せではなかった、ということだと思うんですよね。

比較と競争の世界に自分の軸をゆだねていると、「評価されない自分には価値がない」という思い込みを抱きやすくなります。

そして比較と競争の世界があなたに植え付け続けるのは「普通=凸凹のない人間であることが素晴らしい」という謎の感覚です。

いわゆる同調圧力というものも、ここから発出しているものだと考えられます。

ミソフォニアという異質さを消化できていないままで、自分に普通を求め続けたら、いずれ心の便秘を起こしてしまいますよね。

自分が普通だと思い込むのは無理がありますし、他人が変だと決めつけるのにも合理性がありません。

(個人的には、変というなら「自分も他人もみんな変。変のポイントが違うだけ」と思ってます)

あり

のままの自分って、一体どんな自分なんだろう?
ということを、他人との優劣をつけずに、じっくりと考えてみることが大事です。

そして今、比較と競争ありきの環境に身を置いている人は、

「自分は自分、人は人、この場所だけで通用している常識で、自分の価値を決めようとしない」
と心に違ってくださいね。

独立起業すると、何をするにも自己責任なので、うまくいかないことへの愚痴を吐くと、自分の判断力が未熟だったと認めることになります。

会社員でも起業している人でも、自分より優れた他人はどこまで登りつめても存在するので、ミソフォニアというハンディがあるからこそ、比較と競争の土俵には乗らない、と決めましょう。

自分が自分を認めるために、なにを評価軸にするのか、自分で選ぶ自由だけはなくさないようにしてくださいね。

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