ミソフォニア最新の発症メカニズム。4つの要因と実証データから紐解いて、ミソフォニア反応解明の真実に迫る。

主に特定の音が引き金(トリガー音)となり、当事者にも理由の説明が難しい「怒り」「憎しみ」「不安」などの激しい拒絶感情が出るミソフォニア。
この「感情」と「出来事」が繋がらない特異な不快現象は、いったいどのようなメカニズムに起因するのでしょうか?
米ミソフォニア研究所所長のThomas H. Dozier氏は、研究でミソフォニアの原因を「遺伝的要因」と「後天的な経験」の両方であることを明らかにしています。
私の34年に及ぶミソフォニア当事者の感覚としても、同氏の研究データが自身の状態と最も合致していると感じました。
いまだ詳細なメカニズムについては研究途中のミソフォニアですが、現時点における最新のメカニズムを詳しくお伝えします。
もくじ
遺伝的要因から考察するミソフォニアの発症メカニズム
Thomas H. Dozier氏の著書『Understanding and Overcoming Misophonia, 2nd edition』の研究データによると、ミソフォニアを発症しやすい遺伝的要因があるのは間違いないとしています。
簡単に言うと、「生まれつき穏やかなタイプの人」と「イライラしやすいタイプの人」は必ず存在するので、少なくとも後者の方がミソフォニアの発症率は高くなるというのが1つ目の意味。
もう一つは、不安神経症・双極性障害・HSPなど、生まれつき強いストレスを感じやすい資質が間接的に関わっているという意味です。
ストレスを比較的感じやすい資質の人が、苦痛・葛藤・緊張などを経験する頻度が高いほど、ミソフォニアを発症しやすくなります。
とはいえDozier氏は「遺伝的要因だけでミソフォニアを発症することもない」としており、ミソフォニアの発現には「最初のトリガー音」に反応した原体験が必ずあるのです。
参考環境とミソフォニアの関係:きっかけは紛れもなく「突然」
Dozier氏も当初は、なにかショッキングな原体験によって作られた強烈なトラウマが、ミソフォニア発現の引き金になると考えていました。
ところがミソフォニア発症者からのヒアリング調査を進めていく中で、原体験は何気ない日常風景であることが明らかになったのです。
ミソフォニア発現「原体験」の例
あるミソフォニア当事者は「教会で祖母のそばに座っていて、祖母が鼻をすすっていた。祖母の鼻をすする音が最初のトリガー音になった」と述べました。
またあるミソフォニア当事者は「義父が食べ物を噛んでいたことが原因でミソフォニアを発症した。でも私は、義父のことを心から好きだった」と語ったそうです。
つまり「義父が食べる音」で初めてのトリガー音を開発してしまったとき、この当事者は義父のことが全く憎くなかった=トラウマは一切存在しませんでした。
ちなみに私の場合は、自分が6歳の時に姉がガムをクチャクチャ音を立てて食べていることに反応したのがトリガー音の原体験です。
しかし兄弟仲は良かったので、原体験までに姉を「憎い」と感じる体験があったかと言えば、そんなものは存在しなかったと思います。
⇒ミソフォニア当事者の体験実話(作成中)
脳神経学的要因から考察するミソフォニアの発症メカニズム
画像:『Understanding and Overcoming Misophonia, 2nd edition』より和訳参照
一番上にあるのが①大脳で、これは思考脳です。思考脳が正常に働いているときは「よし、落ち着いていよう」と考えることができます。
しかしミソフォニアでは、当事者はトリガー音を聞いた時に冷静でいられません。
つまりミソフォニアがトリガー音にさらされている時、思考脳の働きは著しく低下しています。
脳の一番下にある脳幹の部分は③ 自律神経系と呼ばれており、「トカゲ脳」または「爬虫類脳」というのが一般的な呼称です。
トカゲ脳は私たち人間の反射神経をコントロールしており、これがミソフォニアの核心部分となります。
②大脳辺縁系は、私たちが強い感情を持っているときに活動する脳の領域です。
ミソフォニアの症状は「トカゲ脳の反射反応」と「大脳辺縁系の感情反応」が重なって、脳から引っ張り出された状態。
なのでミソフォニアの人は、自分がトリガー音を聞かされている最中、ただただ冷静でいられないのです。
このミソフォニアの反応や反射の一般的な見方は図のように、引き金を聞いたり見たりすることで不随意反射(意志でコントロールできない反射)が起こっているとされています。
この反射は人が生まれつき持っていないものなので、後天的に身についたもの=自分で身につけたか、外的要因で作られた反射だと結論づけられているのです。
これは、ミソフォニアの研究結果を報告する査読付きジャーナルの論文でも、ミソフォニアについて記述されています。(『Misophonia. A Disorder of Emotion Processing of Sounds 』と題された論文)
ところがDozier氏はミソフォニア当事者の研究を繰り返すうちに、この前提は正しくないことに気が付きました。
怒りや強い不安などの感情が出るわずか0コンマ数秒手前で、筋収縮が起こっていることを発見したのです。
Dozier氏の論文を除いて、ミソフォニアの研究ではこの即時&物理的な反射反応についての認識はありません。
(この研究データと私の実体験が一致することから、私は同氏の提唱するメカニズムを支持しています)
参考即時の物理的反射が本物であることを示すために、Dozier氏のチームは筋電図(EMG)で物理的反応を測定することにしました。
このシステムは筋肉の電圧を測定するもので、心臓が鼓動したときの電圧を測定する「心電図」と非常によく似ています。
画像:『Understanding and Overcoming Misophonia, 2nd edition』より和訳参照
この図は、ミソフォニアの人がトリガー音を聞いたときの筋電図の出力図です。
上の線は、人には聞こえないタイミングパルスと言われる周波数をあらわしています。
実際のトリガー音はこのEMGチャートには表示されていませんが、楕円で示されているようにタイミングパルスの直後にトリガー音を発生させました。
そしてふくらはぎの筋収縮が始まったのは、トリガー音が始まってからわずか200ms(0.2秒)後であることに注目してください。
これは、ミソフォニア反応における重要な部分である、トリガー音を聞いた瞬間の「身体反射」の存在を裏付ける、貴重な実証データに他なりません。
このデータの結果を踏まえて、新しいミソフォニアのメカニズムを図で書きあらわすと、以下のようになります。
感情的な反応は図のように、身体反射の感覚によって誘発されているかのようにも考えられます。
感情が発される速さは言葉どおり、さながら銃の「引き金」と例えるのに等しいスピードです。
これは、人に「連想学習」や「条件反射」を獲得させる条件がそろっており、ミソフォニアで苦しむ人が怒りを「選んでいる」わけではなく「反応を誘発されている」ことを裏付けます。
行動科学の観点から考察するミソフォニア悪化の原因「負の強化」
ミソフォニアの症状が悪化していく過程で、「古典的条件付けによる反射的な反応」が深く関連しているという説が濃厚です。
これだけではぜんぜん意味が分からないと思うので、簡単な例で説明します。
例えば、酸っぱいレモンを思い浮かべるだけで人間は反射的に唾液が出ますが、これはかの有名な「パブロフの犬」と同じメカニズムです。
つまり、「酸っぱいレモン」という条件付けに対して身体は「唾液を分泌する」という、反射的な身体の反応が脳にセットされています。
これを行動心理学の用語では「古典的条件付け」もしくは「条件付き反射反応」と呼ぶのです。
ミソフォニアで最初のトリガー音が開発されるとき、条件反射はある?
いいえ、ミソフォニアにおいては発現当初からいきなり「感情」が湧くので、この「古典的条件付け」には該当しません。
「古典的条件付け」が発動するのは、予測できる不快な刺激や、繰り返しの不快な刺激によって反射的な反応を「発達」させた結果です。
たとえば「クチャクチャ」という食べる音がトリガー音のケースでは、一回の食事中に何十回・何百回と「クチャクチャ」の不快感を脳が自動的に学習していることになります。
「古典的条件付け」の獲得プロセスは、以下のようなプロセスと「クチャクチャ」で感じる不快感のセットが必須条件です。
- 気楽でおいしそうに(感情的条件)
- 噛んでいる(物理的条件)
- クチャクチャ(聴覚刺激)
まとめると、「トリガー音を聞く」⇒「①②③のプロセス」⇒「身体がこわばる」⇒「憎い」というサイクルを否応なしに繰り返し繰り返し経験してしまうことで、脳内では強固な「古典的条件付け」が形成されます。
そのため、何も対策をせずにミソフォニアを「暴露療法」し続けていると、条件反射の繰り返しによる「負の強化」がますます進行して、症状が悪化し続けるのです。
私自身、音への対処法を何も講じなかった小学生~高校生の期間は、新たなトリガー音がどんどん増えてしまって音地獄のような毎日を過ごしました。
まとめ
今回は以下4つの要因、そのなかでも特に脳の働きに関する部分のメカニズムを重点的に取り上げて解説しました。
- 遺伝的要因
- 環境要因
- 脳神経学的要因
- 行動科学的要因
内容をご覧いただくと、ミソフォニアが音をワガママで嫌がっているのではなく、強い不快感を回避できない脳へと追い込まれている図が見えてくるのではないでしょうか。
なので、ミソフォニアは音のことを「気にしすぎ」ているわけでもなければ、ましてや「心が狭い」わけでもありません。
むしろ気にしたくないのに、「怒らない」という選択肢が選べない状態です。
ミソフォニアの症状が進行していくメカニズムをまとめます。
- ストレスを感じやすい遺伝的要因があって
- 苦痛や葛藤・緊張の経験を頻繁に繰り返すうち
- 日常の何気ない光景がミソフォニア発現の原体験となり
- 最初のトリガー音を開発
- その後も、自分の思考とは無関係に
- 「トカゲ脳」が反応。筋肉を収縮させたことに誘発され
- 「自律神経脳」から、強烈な不快感情が発される
- 体験とちぐはぐな感情が脳にセットされる
- 不快な体験を繰り返すことで、条件反射が学習される
- 条件反射がトラウマと化す「負の強化」で症状が悪化
100%のメカニズム解明まで進んだとは言えないにせよ、正確な大枠が見える段階まで解明が進んでいるのです。
今回の最新メカニズムと私の経験を照らし合わせてみると、ミソフォニアが発現する手前の段階で、恐怖心や苦痛を耐えていた記憶が、断片的に思い出せます。
ザワザワする焦りのような感情に思考力を奪われて、いつも自分の状態を相手にうまく伝えられなかった無念も、一緒に思い出しました。
ミソフォニアの症状は、可能な限り耐えてはいけません。
(条件付けがますます強まって、症状が悪化してしまうからです)
まずはミソフォニアがどのようなものなのか正しい認識を持ち、詳しく知るところから始めましょう。
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