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音のイライラが耐え難くて、死にたいと思うほどつらい時には、どうしたらいい?

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株)美テラシー代表  活動名:Hazime 〇都内でサロン経営12年 〇SEO集客コンサルタント 〇日本で唯一のミソフォニア専門家 美容情報の発信のほか、ビジネスコンサルタント業、セミナー講師業などをしております。
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ミソフォニアで音地獄のような辛さに陥っているご相談者からは、時折「死にたい」といった言葉を受け取ります。

毎度重たい内容で申し訳ないなと思いますが、つい「死にたい」と思ってしまうことがある人には、ぜひ今回の記事もお読みいただきたいです。

僕の幼少期の「臨死体験」からお伝えできる、最初にお話ししておきたい事は、死ぬっていうのはそんなに難しくないし、苦しくもないことだということです。

僕は6歳の時に、海で溺れて本当に死にかけました。

当時の記憶はとても鮮明に残っていて、

「お盆の時期で波が高いから、海はやめておけ」と父が忠告してくれていました。

でも幼かった僕は、そのありがたい忠告を振り切って「海に入りたい!」と押し切ったのです。

浮き輪をして、足がつかない深さまで進んで、波でひっくり返されてあっけなく溺れてしまいました。

もう上も下も分からず、洗濯機にでも放り込まれたような感覚です。

「助けて」と叫ぼうにも、肺に流れ込んでくる海水のせいで、マトモな声すら出せませんでした。

でも意外なことに、溺れ始めた時はものすごく苦しいんですが、途中からは楽になっていきました。

肺の中が水で満たされ切ってしまうと、単に「肺の中を水が出入りする感覚」が続くだけで、そうなると全然苦しく感じないんです。

その後は酸欠で次第に意識が遠のいていくだけなので、「溺死」は想像よりも苦しくない死に方だと思いました。

残念ながら、意識が完全になくなる寸前に母から救助されてしまったので、その後、肺の中に入ってしまった水を吐き出すまでは、まさしく拷問のような苦しさでした。

僕は「苦しくない死に方」を既に知っているようなものなので、心の底から本当に「死にたい」と思った時は、入水自殺を選べばいいだけかなと思ってます。

でも、口では「死にたい」と言っているのに死ねない人の裏側にある本心は、間違いなく「幸せに生きたい」でしょう。

どうせ「もう人生を終わらせる」と決意が固いなら、余計なことをわめかずに死んだ方が、話はよほど早く終わるわけですから。

今の私は、自分で自分のことを幸せな人だと思えます。

でも、17歳の時に「構ってちゃんの自傷行為」ではなく、ミソフォニアの辛さが極まって「もう死のう」と決意して、

衝動的に包丁で腕を切った時は、スパッと切れてくれない肉が皮膚と一緒にグイグイ引っ張られてしまって、後悔するほど痛かったです。

腕を縛ればギリギリ止血できるぐらいの傷の深さだったし、

(中途半端な「刺し傷」に近い状態)

当時の私は自殺の試みを「バレるのが恥ずかしい」と思ったので、家族には内緒のままにしました。

24歳の時、やっぱりこれ以上生きるのが無理だと思って、飛び降り自殺の「終い支度」を淡々と進めたこともあります。

自分が何のために生きてきたかは分からないままでしたが、ただ「キレイにこの世を去りたい」という欲求だけは、明確にありました。

でも、実際に「尊厳ある自死」を叶えようとすると、結構大変なんです。

発見が遅れても腐乱死体にだけはなりたくなかったので、まずは絶食。

次に、自分が死んだ後の処理がなるべくスムーズに進むように、遺書を書いてから徹底した身辺整理。

キレイに死ぬ前にやるべきことを考えて、身辺整理をしている段階で、「これってすごいエネルギーが必要な行動だよな」と気づいてしまったんです。

「この労力が出せるなら、まだなんでもできるんじゃないの?いや絶対できるよね?」

と自分で何度も確信して、

「死ぬためにここまでめんどくさいことをやるぐらいなら、もっとなにかやれることあるでしょ」

「もうケンカになっても構わないから、納得できないことは蹴飛ばそう!」

「どうなるか分からなくても、自分の意見ぐらいぶつけよう!我慢しても悔しいだけだし」

死を選ぶ段階に至っても「尊厳を手放せない自分」という人間を新しく知って、なおかつ「キレイに死ぬ面倒くささに比べれば、全てがマシ!」と開き直りが持てました。

17歳の私も、24歳の私も、紛れもなく「本気で死のう」と決心していたので、だからこそ誰にも相談しませんでした

でもやっぱり心の奥底では、今よりも幸せに生きたかったんだと思います。

その後も、音の問題を含めて、理不尽な出来事には数えきれないほど遭遇しましたが、

「簡単に『死ぬ』はもう言わない。」と決めていたので、

「生きること大前提」で、あらゆる問題と向き合う自分に変わりました。

「死にたい」が口癖のミソフォニアさんに、「楽な死に方」と「尊厳死を実現させる労力」この2つをお伝えしたら、

この先色々と過酷な現実が襲ってきたとしても、自分の根底に流れる、本心の願望「生きたい。幸せに生きたい」から目を逸らさずにいてくれるかな、と考えました。

他にも僕は、交通事故で頭を打って、意識不明になって救急車で運ばれた「命のピンチ」が7歳と15歳で2回あります。

(しっかりしてると勘違いされますが、相当なマヌケです私は)

両方とも後遺症でひどいむち打ちになって、後で感じる激痛の方が大変でした。

いま振り返ると僕が「健康」に強い関心を持ったのは、交通事故の後遺症と、ミソフォニア由来の「不健康なメンタル」で悩んでいたことが理由だったと思います。

だから自分の命も健康も、当たり前と思わず大事にしましょう!

というシンプルな本質を、私の「死」に接近したときの体験と一緒にお伝えしたいと思いました。

ではでは^^

 

 

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